県民の歌

b0178335_6125480.jpg 20日の新聞に、鹿児島県民の歌を紹介する記事が載っていた。この歌は「桜島 はるけき煙~」で始まる。戦後間もない昭和23年の制定で作曲はあの山田耕作さんだ。詩は鹿児島県と南日本新聞が共同で公募しその中から現在のものが選ばれた。その曲は鹿児島県のホームページから聞くことができる。

 記事は「残念ながら制定後60年以上経っているが、この歌は県民に浸透しているとは言いがたい」と書いている。そうして広くその県民に浸透している県歌として長野県の「信濃の国」を紹介していた。長野県出身の僕にとっては意外な記事だった。県民の歌というのはどこの県にもあって、それはそこの県民に広く浸透しているものだと勝手に思っていたからだ。

 しかしこの記事を読んで長野県歌「信濃の国」についても新しい事実を知った。それは長野県には「信濃の国」のほかに制定された県歌があったというのだ。それは昭和22年に制定されているのだが、あまり好んで歌われずほどんど忘れ去れてしまい、昭和43年に「信濃の国」を改めて県歌として制定し直したというのだ。知らなかった。

 では「信濃の国」が何故このように長野県民に浸透しているか?と言えば、信濃の国は明治時代の師範学校の教諭が作った歌で、師範学校を卒業して県内各地に赴任した教師らにより広がり、歌い継がれてきたから、なのだそうだ。そういえば僕も小学校のときから折に触れ「信濃の国」を歌う機会があったので、自然と歌えるようになっていたのだが、「信濃の国」にはそういった歴史背景があったのです。なるほど。

 ちなみに、妻に出身県である兵庫県の県歌を尋ねたら「分からない」という答えが返ってきた。そこで兵庫県のホームページを開いて調べてみたのだが、それらしいものが見つからなかった。多分制定されていないのだろう。しかし、その一方で妻は「君が代」は歌えた。僕はと言えば、ちょっとあやしい。それを歌う場面がいままで無かったので、ほとんど意識することなくこの年まで来てしまったからだ。妻に聞くと「君が代は多分学校で歌ったので覚えているのだろう」とのことだった。兵庫県は県歌が無い代わりに、学校で「君が代」を歌っていたらしい。

 こうして考えてみると、学校教育の中でそれが取り上げられるかどうか?ということが、大きな影響力を及ぼしていると思う。色々な問題はあるのだろうが、学校教育の中で「君が代」くらい当たり前に歌うようになれば良いと僕は思うだが、そんなに簡単なものではないのだろうか?そんなことを考えさせられた新聞記事だった。
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by se-ji0038 | 2009-11-20 23:10 | 新聞から

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