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ラジオ出演

 明日、4月1日(金)の午前9時半くらいから、FM長野、「GOOD MORNING RADIO!」  9時台 【NAGANO HEATBEAT】に生出演します。

 パソナリティーは小林新さん。松本市美術館の写真展「屋久島COLOR」の紹介と、屋久島へ移住するまでの経緯を簡単にお話する予定です。

 また、翌週の4月8日(金)にも同じ時間にその続きの話をしにゆきます。どんな話になりますか?乞うご期待???
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by se-ji0038 | 2011-03-31 19:28 | 長野県の日々

3月30日

 写真展の準備、佳境です。出力したプリントを額装してゆきます。屋久島で保管していた額の表面には、良く見るとうっすらとカビが!ダスターで1枚1枚丁寧に清掃したあとプリントをセットしてゆきます。よって時間が掛かります。
 
 お昼前に、地元のタブロイド誌、市民タイムスの記者が取材に来ました。なんと高校の後輩。僕の15代後の写真部の部長をやっていたとか。彼も写真が大好きで、取材を忘れて写真談義、カメラ談義に花が咲く。ウチでお昼を食べながら、随分長い時間話し込んでしまいました。

 午後になって昨日使ったPCプロジェクターを返却に出たついでに友人のところに顔を出す。先日生まれた子供の写真を見せて貰う。奥さんそっくり。遺伝子の不思議を感じます。「かわいいね」と話を振ると、照れたように「ああ」とうなずく友人はとても幸せそうだった。同級生ですね。お互い先は長いけどがんばらないと。

 そして夜、携帯に1本の電話が。先日プレスリリースを持って訪問した地元FMラジオ局のアナウンサーからだった。金曜朝の番組に出してくれるという。ありがたいオファーです。4月1日の朝9:00前後の生放送らしです。詳細は今夜このブログで案内します。

 そして就寝前、1通のメールが届く。写真集の翻訳をお手伝いくださったEさんから送った写真集が手許に届いたという連絡。3歳と1歳のお子さんと一緒にみたけど、二人ともとっても喜んでくれて、いいものは小さな子にも分かるのだと書いてあった。本当に涙がこぼれそうになった。投げ出さずに形にして本当に良かったと思う。

 色々なことは動いている。そのなかで、とにかくいま自分に出来ることを精一杯やるだけ。

 それともう一つ、どんな情報を自分の体に取り込むのか?ということを考えている。スピッツの草野マサムネさんが急性ストレス障害になってライブが延期されているという。一連の震災・原発報道に起因すると聞いた。

 たしかに僕自身、あまりに凄まじい現実を映した情報の洪水に呑まれ、いっとき心の均衡を失っていた。しかし情報というものはただ入れれば良いというものでもないと感じる。キチンと自分で取捨選択しながら、コントロールしていかないと。

 だから惰性で増やしていたRSSリーダーのフィードもごっそり整理した。良く考えたら、フィードの更新に随分時間をとられていることに気がついたのだ。だから読んでも仕方のないブログなど読まないことに決めた。その時間がもったいない。情報ダイエットがいま必要だと感じている。
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by se-ji0038 | 2011-03-30 23:59 | 長野県の日々

3月29日

 朝から注文のあった本の発送作業。クロネコさんと顔見知りになってしまった。
 
 その後、遅ればせながら写真展の案内ハガキの郵送。大量のハガキに切手を貼る方法は、サラリーマン時代に総務のMさんに教えて貰いました。なんでも経験しておくと後々役に立つものです。

 午後から地元ローカルTV局に写真展の取材をお願いすべくプレスリリースを持って訪問。駅前通りにある民放の建物初めて入りましたが、歴史を感じさせます。

 夕方から近所の会場で小さな講演会。知り合いの顔もちらほらと見え、少しドキドキしましたが、まあまあ面白く屋久島の魅力を語れたと思います。皆さん一様に満足くださったようで、本もたくさんお買い上げいただきました。感謝します。

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 保障された未来などというものは幻想だ。そんなものは3.11で全て打ち砕かれてしまった。であれば、いまこの今日という日を精一杯生きよう。悔いの残らないように。この激動の時代、生きる術は、それしかないように感じている。
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by se-ji0038 | 2011-03-29 23:59 | 長野県の日々

3月28日

 明日の夜、小さな講演会を予定しているので、そのためのPCプロジェクターを知り合いのところへ借りにゆく。使用目的を告げると、昔のよしみということで使用料をとらないという。地元というのはありがたい。

 サイトから注文いただいている写真集を梱包して発送。基本的に僕は一人でやっているので、全てなんでも自分でやっています。いろいろと効率の悪いこともあるけど、いまの規模だとそれで何とか回せているし、目が行き届いてよい。

 午後から母校の松本蟻ケ崎高校の同窓会館へ行った。先日再会した同窓生が、同窓会の会報に本の案内を載せて貰ったらよい、と電話を呉れたので、早速出かけていったというわけだ。同窓会館は瀟洒な建物で、こんなもの何時建てたんだろう?とビックリした。校舎は多少修繕しているようだが、相変わらず。みんなで駄弁った木造の部室は既になく、テニスコートに変わっていた。四半世紀ぶりの訪問。しばしタイムスリップ。図書館へ写真集を1冊献本した。

 その後、TV局とラジオ局をプレスリリースを持って訪問。オンエアーの確約はないが、取材してくれるという。NHKの窓口で対応してくれたカメラマンは、知り合いが屋久島に住んでいるということで、その話でしばし盛り上がる。名前を聞いたので、島に帰ったら聞き合せをしてみようと思う。名前が分かればどこかからきっとつながる。それが島だ。

 案内ハガキなども出していなかったので、急いで準備する。やること山積みだ。でもそのほうが気が紛れてよい。色々考えすぎると大きなものに引きずられてどこかに連れていかれそうになる。自分が元気でないと、展示会も暗いものになってしまう。それはいまのような状況の中で会場に足を運んでくださる人に対して失礼だ。
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by se-ji0038 | 2011-03-28 23:59 | 長野県の日々

3月26日

 午前中はこまごまと写真展の準備。午後からは松本市美術館へ出向いて会場設営の打ち合わせ。写真展はやっぱり手が掛かります。

 2月に放映があった「山ガールが行く!」の制作のとき再会した同級生と昨夜再会した同級生を電話で繋げる。二人とも面倒見の良い人なので、二人に任せて4月半ばに四半世紀ぶりの同級会ができないか模索を始める。とりあえず3人はつながったので、3人だけでもいいでしょうということで。みんないま何やってるんだろう?

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 ところで、この時期にこういう記事が出てくるのはとても作為的なものを感じる。

 「結局原因はヒューマンエラーなのだ。」というところへ結論を持って行きたいという意図が透けて見える。しかしヒューマンエラーであれば尚のこと、人間は必ずミスをするものだ。だからどんなに机上で対策を打ったところで、事故は必ず起こる。そして原発は事故が発生するとあまりにも影響が大きい。

 事故の当初チェルノブイリと比較してどうこうという論調もあったが、最近の経過を見ていると、それはナンセンスだと思うようになった。日本のような国土の狭い国で起こった原子力事故の影響はそれと比較して軽々しく論じられるものではないと思う。
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by se-ji0038 | 2011-03-27 23:59 | 長野県の日々

3月26日

 写真展・写真集のプロモーションのため、地元新聞社へプレスリリースを持って訪問。運よく顔なじみの記者がいて、地元タブロイド紙の取材を1件受けた。

 その記者さんには、僕が地元で会社を経営しているときに何かの取材を受けたことがあるのだが、お互いその内容について思い出せず首をかしげた。ただし、そのときの取材内容があまり良い印象として相手に残っていなかったらしく、具体的なことを思い出せないまま、しばしそれを心の中で反省した。地元にはこれまでの自分の良いところも良くないところも全部記憶されている。

 取材を受ける前に髪の毛をどうにかしようと同級生がやっている床屋へ寄ったが、偶然夕方から高校時代の同窓生が集まる飲み会が設定されているという。ぜひ顔を出すよう誘われたので、夕方彼の店に出向く。彼の奥さんが運転する車に乗って行った先は、やはり同窓生が経営する蕎麦屋で、そこに10人ほどが集まっての飲み会となった。

 蕎麦屋を経営するTは高校時代軽音楽部のスターで、いつも土曜日の部室からは彼のカッコイイギターが響いていた。当時僕も下手糞なギターを弾いていたので、彼のギターサウンドにいつも羨望のまなざしを送っていたのを思い出す。そんな彼もいまはギターを麺棒に持ち替えて更科系の品のいい蕎麦を打っている。「最近ギターは弾くの?」という問いに「その時間がとれないので、いまはもう楽器を持つことはない」と彼は少しだけ言葉に力を込めて言い放った。それは僕の心の中に手付かずのまま保存されていた柔らかい部分をちょっぴり刺激した。
 
 四半世紀ぶりの再会、僕くらいの年齢になると皆それぞれ一通り人生を経験してきている。地元の大きな企業で頑張っている友、店舗を任され責任を持った仕事をしている友、学校の先生、機嫌のいい友、どうも良く理由が良く分からないが不機嫌な友、学生時代スポーツ部で溌剌としていたのに、いまは元気なく小さくなってしまったように見える友。子供の話題になると既に大学生の娘がいるという友もいた。そして若くして世を去った同級生の訃報にもここで触れた。ほんとうに人生いろいろだ。

 しかし四半世紀たったいま、友の会話の中に自然と「感謝」という言葉が混じるのを僕は見逃さなかった。高校生のときには決して聞かれなかった言葉だ。蕎麦屋のTが準備してくれた卒業アルバムの中に収まる友はみな、精一杯背伸びして斜に構え目つきが悪い。しかし集まった友はの目はみんなおだやかだ。経験を経て年を重ねるということは悪いものでもないな、と思った瞬間だった。

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 ところで、震災について考えている。日本というのは元々自然災害の多い土地だったと思う。今回のような大津波は1000年前にもその痕跡があるのだと新聞で読んだ。1000年前に大津波を経験した日本人はこの人智の及ばぬ大災害に対して、それをきっと神の怒りと考えただろう。またそうすることでしか、目の前の現実を収拾させることができなかったと想像する。だからこそ、日本人は自然に対し敬い、万物に神を見て祈ってきたのではないだろうか?日本人が本来持っていたはずの礼儀正しさというものは、自然災害の多い土地に住む民という部分に由来するのでは?と仮説を立ててみた。

 それをいつの間にか忘れてしまった日本人。いま再び何かを問い直されていると思う。
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by se-ji0038 | 2011-03-26 23:59 | 長野県の日々

3月25日

b0178335_6172539.jpg 早速に写真集のご注文をいただいた方、ありがとうございました。

 大口の注文もあったので、一生懸命サインを書きました。たいへんだけど、嬉しいお仕事です。知り合いからの注文が多かったけど、まったく初めての方も何人か。「サイトやブログを楽しみに見ている」というコメントを寄せてくれた人がいて、いつもどんな人がサイトやブログを見ているのか分からないのだけど、やっぱり色々な人が見ているのだと実感した。だから、例え個人のブログであっても、その情報発信については責任を持ってやって行こうと心を新たにした。そうしないと、きっとどこかで天罰が下ると思う。

 それと、これから写真集をつくろうと思っている人に僕の体験を少しだけ。いまは本当に本が売れない時代なので、出版に際しては、著者も応分に費用を分担する必要がある。それが著者買い上げというシステムで、初版刷りの中からある一定数量著者が買い上げて、自ら手売りする。僕が自分のサイトで販売している本もそうだ。買い上げの数量、あるいは仕切り率などは出版社によって違うようだが、僕が過去に企画を出した出版社の中には、著者が2/3を引き受けるというものまであった。

 しかし、お金さえ出せば本が出るという訳ではない。その原稿が(そこの編集者から見てだけど)出版に値するか?という部分はキチンと評価されている。出版社に対して、お金を出すので本を出してほしいという売り込みもあるようだが、評価に値しないものには、婉曲に自費出版を勧めていると聞いた。

 しかし著者買い上げのシステムは、有名写真家に対しても条件は同じらしく、そういえば写真家はみな講演会などをやって一所懸命自著を手売りしている。また最近では僕のようにネットを利用して自サイトで本を売っている写真家も多い。それはトッププロも然り。つまりある一定量自分で販売できるよう、ファンをつかんでおかないと、写真集など出せない時代になってしまったのだ。

 僕にそれだけのファンがいるのか未知数ですが、自分が心血を注ぎ8年掛けて形にした本です。手にしてくれた人をきっと幸せにできると自分では確信しています。だからたくさんの人に本を手にとって見て貰いたいと思っています。

 それと、これまでの注文のほとんどはサイン本でした。それなりの数を書いたので、やっぱり書きなれたサインを変えないで良かったと思っています。
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by se-ji0038 | 2011-03-25 23:59 | 長野県の日々

3月24日

b0178335_6181083.jpg アサイチ、宅配便で荷物が届いた。とうとうこの日がきた。

 屋久島の写真集を作ろうと決意してから8年。やっとそれが現実のものとして自分の手許に来た。ここまでほんとうに紆余曲折あった。いままで色々なことを中途半端で投げ出してきた僕だけど、不思議とこれだけは、どんなに苦しくても投げ出さずにここまでやりとげた。勿論これが終わりじゃなくて新たなスタートだけど、いまはただ、これまでの道程を振り返り、素直に自分を褒めてやりたい。

 大変な時代になってしまって妻も娘も一緒にいないので、ただ一人で静かにページを繰ったけど、きっとそれがいまの自分には必要だったのだろう。

 出版社の社長と印刷会社の担当、そしてイラストや地図を描いてくれた友人にお礼の電話を掛けた。また、翻訳を手伝ってくれた妻の友人にもお礼のメールを送った。そして生後間もない乳飲み子を抱えながら、一生懸命翻訳をやってくれた妻にもお礼の電話を掛けた。僕一人の力でつくった本ではない。色々な人の助けを借りてここまでやってきた。その想いはあとがきに盛り込んだ。スペースが無くて短い文となったので、全ての人の名前を記して感謝を伝えることはできなかったけど、本当にこれまで僕を助けてくれた人の顔を一人ひとり思い出していると、その時間はいつまでもいつまでも永遠に続きそうな気がする。その全ての人に感謝します。

 例によって泥縄で、仮住まいの長野から本の発送をすべく準備をした。注文してあった落款もとりに行って押してみた。サインについてはもう少し年齢に即したものに変更しようか最後まで悩んだが、中学生のときから30年慣れ親しんだものをこれからも使ってゆくことにした。

 13歳、大好きなミュージシャンに影響されて、友達みんなで自分のサインを考えた。ことあるごとにこのサインは自分の写真の裏に書いて来たのだが、ようやくそれを著作の中に書き入れることができる。

 準備が整ったので、自サイトで本を買えるようにしてそのままパソコンを閉じた。するとほどなく注文のメールが携帯電話に転送されてきた。高塚小屋で出会ったUさんだ。注文第一号です。ほんとうにありがとう。

 そして、ぜひ多くの人に本を手にとって見て貰いたいとおもっている。僕が見て撮ってきた屋久島。それがどんなものか?ぜひあなたの目で確かめてみてください。


 
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by se-ji0038 | 2011-03-24 23:59 | 長野県の日々

夢が形になった瞬間

b0178335_10341984.jpg 大沢成二写真集「屋久島」青菁社刊(1,680円)。

 刷り上りのほやほやです。順次配本されて書店に並んでゆきます。また自分のサイトでも準備が出来次第、販売してゆきます。しばしお待ちください。

 写真の質には自信を持っています。大沢成二が2003年から8年掛けて追いかけてきた屋久島の姿を、是非ご覧ください。



 追記:自サイトで先行販売をはじめました。サイン本とサインなしの二種類を用意しました。
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by se-ji0038 | 2011-03-24 10:39 | 長野県の日々

3月23日

 写真展の準備、サブビジュアルのB2プリントを外注しようと思ったら、いつもお願いしている業者さんが計画停電の影響を受け、事務所を移転するため長期の休業に入っていた。

 慌てて友人のところに電話で相談する。所有しているMimakiのプリンタで、B2程度なら写真画質で出せるというのでテストプリントを見に出向いてみると、必要にして十分の画質が得られる。先日のメインビジュアルと併せて大判出力は全て彼にお願いすることにした。

 またそこで彼に第三子が生まれたことを知る。「どっち?」の問いに「姫」の答え。明るい話題だ。「名前は?」の問いには「なみ」の音が入った名前を考えていたので、時節柄命名を迷っているという。そんなことからお互い子供の命名の話になったのだが、彼の長男の名前がある有名な音楽家の名前から来ていることを初めて知った。みんなそれぞれ思い入れがあって子の名前をつけているのだ。そして最後に、子の名前はシンプルな方がいいという結論に落ち着いた。

 そして京都の出版社から連絡が入る。いよいよ写真集が製本されて発送されるという。明日にはそれが僕の手許にも来る予定だ。こうしてはいられない。

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 福島の動向、だんだんややこしいことになってきている。

 予想されたこととは言え、その影響は広範囲に広がりつつある。23日の新聞に、松本市の菅谷市長が幾つかインタビューに答える形で考えを述べていた。菅谷氏は医師としてチェルノブイリ原発事故の後、5年ほどベラルーシに滞在して医療支援活動を行っている。その経験を踏まえての話だ。

 その話を要約すると、政府の基準は厳しいものだが、経口で放射性物質を体内に取り込むことは日常生活ではあり得ない。放射性物質に対する感受性は個人によって違い、一概に安全とは言い切れない。特に影響が大きい妊婦と子供は注意が必要だ。としていた。また、チェルノブイリでは子供に甲状腺ガンが増えたのは事故の5年後からだと指摘している。そのうえで、生産者については気の毒であり、政府が最大限の保障をと答えていた。

 また屋久島の人と電話で話す機会があり、屋久島の一部コミュニティーではチェルノブイリ後、子供たちに原発の危険性を強く啓蒙してきたという。だから余計に今回の事故は恐ろしいと話していた。その一方で昨日紹介した田中優×小林武史 緊急会議(2) の中でパブリックアクセプタンス(PA)のことが指摘されていたけど、結局は教育なんだと感じた。情報をどのような構造でコントロールされたきたのかという部分で。

 だけど、原発がどんなものか知ってほしいもそうだし、M9.0について地震学者のこの指摘や気象庁の前歴についても、そうなんだけど、こういうことって然もありなん、という感じでとてもイヤなんだよね。PAのような理路整然とした情報の影に隠れ勝ちだけど、自分の日常に照らしてみると凄くリアリティーを持っている。信じたくないけど、ではいまおこっていることは何?ということになってしまう。

 日本のような小さな国土の国が長く世界第2位の経済大国と言われてきたけど、なんか変だな?という思いはあった。それはやはり何かを無視して無理をしていたからなのかもしれない。いまの東京の光景が「ヨーロッパ」のようだというこの写真家の指摘。ここに答えがあるように感じた。そして僕はヨーロッパへ行ったことがないので、ぜひ自分の目でヨーロッパの夜を確かめてみたいと思うようになった。 
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by se-ji0038 | 2011-03-23 23:59 | 長野県の日々