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考えさせられる意見

b0178335_1873916.jpg 写真展の会場で、ある人からこんな意見を貰いました。それは「淀川」を撮ったカットについてなのですが「この写真はおかしい」というのです。「淀川はこんなではない」と。

 その写真は淀川の流れを優雅に表現するために、ND8フィルターを使用して15秒の露出を掛け、川面の流れをまるで磨りガラスのようにして半透明に撮ったものなのですが、その人にとってそれはいつも見慣れた淀川の流れではなかったので「おかしい」という意見になったようなのです。

 川にせよ、滝にせよ水の流れを表現するために長秒露光を掛ける手法は写真表現としては一般的です。またその為にはカメラがぶれないように確りとした三脚が必要ですし、場合によっては今回のようにNDフィルターを使用するなどの手間が掛かります。そのようにして一手間掛けたカットを撮影したのですが、それは見る人によっては「おかしい」写真になってしまうのです。

 最近、あるblogで似たような記事を読みました。それは星空をやはり長秒露光して星の軌跡を線として描いた写真を子供たちに見せたところ「星空はこんなんじゃない」とバッサリ切り捨てられたという話です。場面は違いますが、本質的なところは一緒です。その記事では、そうした写真表現、難しい撮影に挑戦することを一概に悪いとは言わないが、その一方で見る人のことを置き去りにして、撮影の快感に酔っているのだとしたら、そこには問題があるのでは?とまとめてありました。

 最近、名取洋之助さんの「写真の読みかた (岩波新書 青版 505)」という本を読み始めました。これは1961年という半世紀近くも前に刊行された本なのですが、読み進む毎に目から鱗がポロポロと落ちてゆく内容です。僕が漠然と自分の中で思い描いていた「独りよがりに陥らないための写真表現とは何か?」という事が体系的にまとめられています。そうして、この本の中で名取さんは「写真を読む(見る)人」の立場から写真を撮るということを、何度となく書いています。

 写真展で貰った意見も含めて、何かがシンクロして僕のところにメッセージとして届いているような気がしています。こういうものをキチンと受け止められるか?その辺が、今後僕がキチンと成長してゆけるかどうか?の分かれ目なのだと思っています。
 
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by se-ji0038 | 2009-09-27 18:42 | 写真

大王杉の推定樹齢について

b0178335_6303530.jpg 木越邦彦先生からお手紙をいただいた。少し前になるが、僕が送った質問に対する答えを、封書で返してくれたものだ。

 木越先生は、1983年に林野庁の依頼を受けて、縄文杉から採取した木片の年代測定調査を実施された方だ。実はその時、大王杉についても調査がされている。僕はこの大王杉の推定樹齢について調べている過程で、学習院大学のWeb-siteに行き着き、当時の記録をみつけたのだが、その記録を読み解くうえで、幾つか疑問が生じたため、木越先生宛に質問を送っていたのだ。

 先生が既に大学を退官されていることは知っていたし、調査自体が四半世紀も前のことなので、送った質問の手紙が先生の手許に届くかどうか分からないと思っていた。「ご縁があれば繋がるさ」くらいの気持ちで送ったものだが、こうしてお返事をいただけたことに感激したし、感謝している。内容については私信でもあるのここではオープンにしないが、いずれ機会を見てどこかでアナウンスしてゆこうと思っている。

 また、大王杉の推定樹齢についてだが、いままで僕は「おおよそ3000年くらい」という立場をとってきた。しかし、大王杉について3400or3500年としている人が複数いて、その根拠を尋ねると、放射線炭素同位法の測定結果だという回答が返ってきた。そこで僕はそれについて調べたのだが、結果として木越先生の測定結果を根拠とするのなら、3400or3500年というのは間違いである。

 縄文杉及び大王杉の当時の測定結果については学習院大学のweb-siteから誰でも閲覧することができる。6.文書資料(PDF)からGAK10980近辺を閲覧ください。また、屋久杉自然館にも資料があります。

 また、僕が知りうる限り、大王杉に関して放射線炭素同位法での測定は、木越先生が依頼を受けたものが唯一である。他に事例があるようであれば、情報をお寄せください。可能な限り調べてみたいと思っています。

 追記:ある方から以前ネットの以下の記事を示されたことがある。

 木の寿命ってどのくらい?

 記事の中で「屋久杉の縄文杉や大王杉の樹齢は3,500~7,000年という説もありますが、最近の放射性炭素による年代測定によると縄文杉は2,500年、大王杉で3,500年といわれています」という記述がある。この記事の根拠について記事を書いたライターの古屋江美子さんにメールで問い合わせてみた。回答があり、ある農業系大学の先生を取材して書いたということだった。

 件の先生宛に、縄文杉2,500年、大王杉3,500年の根拠について問い合わせしてみたのだが、回答には「寿命の長い事例として、セコイヤおよび縄文杉についてメイルに記載いたしました。引用した書籍については失念しましたが、縄文杉で2500年、大王杉で3500年程度とありましたので(細かな数字は記憶にありません)、そのようにメモをお送りしました。本文では、対話形式になっておりますが、メイルでコメントをお送りしただけです。「およそ」という文字を記載しておけばと反省しております。」とのことだった。こちらで該当書籍を確認したいので、書籍名を教えてほしいと再度問い合わせを入れたが、それに対する回答は得られなかった。これ以上聞いてくれるな、ということだと理解している。だから、その先生の名誉のためにも、ここでは具体名の記述を控える。

 しかし、このように根拠の希薄なものが活字になって世の中に伝播し、それがいつしか定説になって根拠とされてゆくのには、違和感を覚える。

 また大王杉3,400or3,500年を唱えるある人は「初島住彦さんの目録で、林業試験場の林さんの研究での3400-500年というのがあったそうです」と言ってきた。しかし、僕が調べた限りにおいて、その記録は出てこない。どこかにあるのかもしれないが、「あったそうです」というあいまいな表現で、そのものを示さず根拠とするのには無理がある。これがまかり通るなら何だってアリだ。

 僕がなぜこの件にエネルギーを注ぐのか?理由はいろいろあるのだが、結果としていろいろ勉強になった。
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by se-ji0038 | 2009-09-24 06:29 | 日々

取材記事

b0178335_1772767.jpg 16日に取材していただいた写真展の記事が、22日付け、南日本新聞の12面(地域総合)に掲載されました。

 思いがけず大きな扱いで、内容もこちらが伝えたかったことを簡潔にまとめていただき、大変良い記事を書いて貰いました。記者のAさんありがとうございました。

 こういう風に、何か自分で行動したことが記録に残って世の中に伝播してゆくというのは嬉しいものです。また、3年前に故郷の長野県で写真展を行った時にもやはり地元紙の取材を受け、その中で「将来は屋久島へ移住して撮影をしたい」と記事の中で書いて貰ったのですが、それは今振り返ると実現しています。

 不思議なもので、自分が何をしたいのか?何を求めているのか?というものをオフィシャルの場で表明すると、それに関する情報が集まってくることがあるのです。僕はそれを経験的に知っています。だからこそ、取材の場で正直に自分のビジョンを語ることは大切なのです。

 今回の記事の中でも世界に向けて一つ決意表明をしています。いまはそこへ向かってまっしぐらに進むだけです。
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by se-ji0038 | 2009-09-23 17:17 | 新聞から

またまたお花が

b0178335_16411724.jpg 写真展の会場にまたまたお花をいただきました。本当にありがとうございます。贈り主は、晴耕雨読のオーナー長井三郎さんと写真家の山下大明さん。予期せぬ方からの予期せぬいただきもの。なんというか、身の引き締まる思いでもあります。

 しかし面白いもので、先日滅多に行くことの無い鹿児島銀行へ用事があり出掛けてゆくと、ロビーで三郎さん山下さんの両名にバッタリ会ったのです。その時の山下さんの妙な落ち着きの無さが少し気になったのですが、どうやらその時に今回のお花の注文をしていたようなのです。びっくりさせようと二人で準備しているところへ、本人がやってきたので少し驚いたみたいです。山下さんは嘘のつけない人です。しかし、一方の三郎さんは全くのポーカーフェースでした。いつもの軽妙な語りも健在で妙な素振りは微塵も見せませんでした。本当に対照的なお二人です。この対照的な二人が仲が良いのですよね。ま、得てしてそういうものなのかもしれませんが。

 
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by se-ji0038 | 2009-09-22 16:40 | 写真

商品撮影

 屋久島ではあまりこの方面を積極的に展開していなかったのだが、このごろ縁があり、何件か料理や商品の撮影依頼を受けた。 フィルムで撮っていた頃に較べると、デジタルは結果が直ぐ分かるので、本当に便利になったと思う。それに最近は、多少セットアップが面倒ではあるが、現場にノートPCを持ち込んで、リモートライブビューで映像を映しながら位置決めをするようにしている。撮影はストロボなので、最終的な上がりはシャッターを切るまで分からないが、商品の位置決めには思いの他威力を発揮する。見えるということは本当に便利だ。

 一方、便利になれば別のところで問題が出たりもする。解決策は営業力を鍛えること。デジタル時代のカメラマンは、写真だけ撮れても務まらない。
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by se-ji0038 | 2009-09-21 17:24 | 日々

アンケート

 写真展の会場で、感想用紙を回収している。この一週間で思いがけず多くの来場者が感想を残してくれた。将来の写真集出版時に備えて芳名もお願いしているのだが、感想を残してくださった方は、ほぼ全員が芳名もしてくれた。ありがたいことです。

 それを見ると、島内在住の沢山の知り合いが見に来てくれていた。写真展の案内は、AコープやわいわいなどにA4のポスター掲示をお願いしたほか、知り合いの店舗にもポスターやハガキの案内を置いて貰えるようお願いした。それ以外は自身のweb-siteでアナウンスしたことと、環境文化村センターが毎月発行している「まるりん通信」というリーフレットにアナウンスが掲載された。想像するに、この「まるりん通信」が結構機能している。

 屋久島では地域の情報を得る手段として、環境文化村センターや環境省の世界遺産センターなどのオフィシャルな団体が毎月各戸に配布するリーフレットがあるのだが、島民は皆それに目を通しているようだ。役場が発行する町報もキチンと機能している。

 故郷の長野県松本市では「市民タイムス」という地域情報を扱ったタブロイド紙があり、地域情報を得る手段としてはそれが一番機能していたのだが、屋久島では町報や各団体発行のリーフレットがその代わりの役目を果たしている。また、人の集まるAコープやわいわいなどスーパーマーケットのレジ横に貼られたA4サイズのポスターが、ちゃんと機能しているのだ。屋久島というのは、そういうものがキチンと機能するサイズの生活圏なのです。


 肝心のアンケートだが、普段撮影していても、自分の写真に対する感想を聞く相手というのは、妻や友人しかない。しかし今回はより多くの人の声をそこから吸収することができてている。好意的な感想が多く、また僕の写真の特徴として、風景の中に動物を捉えたカットに好意的な感想を寄せている人が沢山いることも、改めて確認した。この方向は今後も力を入れてゆきたい。

 東京の方が「ブログ見ています」という感想を寄せてくれた。嬉しいです。こういうことも、地道に続けてゆくことに意味がある。何事も、続けることが一番難しいのですが。
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by se-ji0038 | 2009-09-19 06:13 | 日々

セルフポートレート

 セルフポートレートを撮った。三脚にカメラを据え、リモートスイッチでシャッターを切る。この写真を何に使うのか?いまは秘密。たぶん年内にはオープンに出来ると思います。 
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by se-ji0038 | 2009-09-18 03:32 | 写真

お花が

b0178335_1547315.jpg 屋久島環境文化村センターの交流ホールで開催している写真展。会場にお花が。どなたが下さったものか分かりませんが、ありがとうございます。

 南日本新聞の取材を受けました。うまく記事になれば、一週間以内には紙面に載るとのことです(ただいま屋久島は町議会選挙の真っ最中であり、また流木騒ぎもあって、どうしても紙面がそちらに持っていかれてしまうタイミングらしいですが)。会場では神奈川から屋久島へいらしていたAさんに取材を受けていただきました。色々と参考になるお話も聞けました。Aさんありがとうございました。
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by se-ji0038 | 2009-09-16 15:53 | 日々

読み間違い

b0178335_1912192.gif 「アンセルアダムス激安販売」と読んでしまった。アンセルアダムスの写真集かオリジナルプリント?と思ったのですが、違いました。

 単なる読み間違えですが、人間は自分の読みたいように読みます。話も聞きたいように聞きます。あまりの変な読み間違えに、パソコンの前で一人で笑ってしまいました。

 ところで、「アルタムエンゼル」って何?と思ったのですが、どうやら魚の名前のようです。アドアワーズ広告のテキストリンクをクリックしたら、熱帯魚の販売サイトが出ました。
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by se-ji0038 | 2009-09-15 19:18 | 日々

海の中

 西部・半山へ撮影に行った帰りに四ツ瀬で泳ぐ。四ツ瀬では良く知られたいつもの浜が込み合っていたので、同行した友人の案内で、少し離れた別の小さな浜へ行った。

 シュノーケルセットを車に積んであったのだが、うっかりPFDを忘れてしまったので、初めてPFD無しで海へ出てみた。最初のうちは恐る恐る、足の届くところへ直ぐ戻れる範囲をうろうろ。やがて海底の岩の下を出入りする黒いフグをみつけ、近づいてみようと潜ってみた。息を止めて「一、二、三」それ。しかし体は沈んでくれない。もう一度「一、二、三」。しかしやはりうまく潜れない。直ぐに浮き上がって来てしまう。ここで気がつく。「人間の体は簡単に海に沈まない」ということに。

 そういう話はあちこちで知識として聞かされていたが、それを初めて自分で体験した。では、海に沈まないはずの人間が、海でおぼれるとはどういう状態なのか?それはつまり、焦って海の水を飲み込み、呼吸ができなくなる状態を指す。これもまた、知識として聞かされていたが、人間の体が簡単に海に沈まないという体験を自らが得た後、初めてその理屈が納得できた。

 それが分かってしまえば、海への接し方が大きく変化する。PFD無しのシューケーリングは今までの何倍も楽しい。何度かトライするうち、段々と海の中へ潜るやり方が分かって来る。潜ると言ってもほんの1mか2mだろうが、それでも景色が一変する。海面スレスレから見ている景色と水深1mの景色では見え方が全然違うのだ。

 こんなことは、海のことを良く知っている人には当たり前のことだと思うが、山育ちで海一年生の僕にとっては、本当に新鮮な発見となった。しかし、屋久島の海は本当にきれいだ。島なので、周囲は360度ぐるっと海に囲まれている。ここに暮らしながら、海に目を向けないことは、本当に勿体無いと思う。

 僕にとっては新しい、この海の魅力を、どうカメラで表現してゆこうか?まだ明確にその方向性は見えていないが、幾つかのヒントはつかんだ。まだもう少し海に入れるみたいなので、今シーズンは可能な限り海にも向き合ってみようと思っている。

P.S.今日は、海用カメラ無しだったので、写真も無しです。
 
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by se-ji0038 | 2009-09-15 06:25 | 日々