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年末の虹

b0178335_1312076.jpg 年末の屋久島、僕の住む小瀬田地区では朝から雨混じりの強い北西の季節風が吹き荒れている。僕は朝から宅内で、こまごまとした事務処理のためパソコンに向かっている。昼食を終え、キッチンへ立ってゆくと、窓から虹が見えた。たぶん今年最後の虹だろう。カメラにPLフィルタを取り付けて、一枚だけ撮影した。たぶん、今年最後のカット。
 
 移住二年目となった今年は、色々な意味で動きのあった年だった。望ましいこと、あまり望ましくないこと、様々なことがおこったが、それらは全て今後の成長の糧になってゆくと信じている。

 2009年は移住三年目に突入する。三年目というのはやはり区切りの年だと考えている。中高生で言ったら最上級生だ。次なるステップに進むためにも、2009年をどう生きるかは、とても大切だと思う。

 鉛色の雲間から一瞬差した光が、そこに虹をかけた。あの架け橋を渡って、2009年は一気に流れに乗ってゆこうと思う。

 今年、お世話になったみなさん、ありがとうございました。そして、よいお年をお迎えください。
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by se-ji0038 | 2008-12-31 13:00 | 日々

出水のツル

b0178335_134076.jpg屋久島以外の写真が続きます。

 先日島の外へ出たおり、鹿児島県出水市に立ち寄った。目的はツルの撮影。出水平野には毎年多くのツルが越冬のため訪れる。もともとは、江戸時代に薩摩藩が財源確保のため行った干拓事業により干潟がつくられ、湿地帯を好むツルが集まるようになったのが始まりと伝わっている。

 出水のツルは1952年(昭和27年)に「鹿児島県のツルおよびその渡来地」として国の特別天然記念物に指定され、当時の飛来数は263羽であった。その後の熱心な保護活動により、現在では毎年一万羽を超えるツルが飛来するようになった。12月13日の早朝、今期三度目の羽数調査が実施され、12,028羽が確認された(内訳はナベヅル10,383羽、マナヅル1,632羽、カナダヅル6羽、クロヅル5羽、ナベクロヅル1羽、ソデクロヅル1羽)。一万羽突破は十二期連続で、過去四番目の羽数という。

 しかし、このまま出水にツルの飛来が集中し続けることに対する危険も指摘されている。それが伝染病による種の絶滅(世界にいる5割のマナヅルが出水で越冬している)や農作物への被害などだ。多くのツルを呼ぶようになった出水だが、こうした課題も抱えている。それはとりもなおさず、日本全体が抱えている課題でもある。
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by se-ji0038 | 2008-12-14 13:03 | 日々

故郷の空

b0178335_1371688.jpg 11月後半から実家のある長野県松本市に帰省していた。今回はもともとの予定になかった、いわば突発事態に対応するための帰省だったのだが、滞在中に新しい人との出会いがあったり、再会した友人との会話から刺激を受けることが沢山あり、とても有意義に過ごすことができた。また島に暮していると、外的刺激からどんどん置き去りにされてしまう危険を感じる。自分がその罠に陥りかけていたことを、島から出て確認したことも、大きな収穫だった。

 故郷を離れる前日、最後にバタバタと土産物を買ったり話足りない人に電話を掛けて会いに行った。夕方になり、時間が残り少なくなってきた時、ある人の顔が頭のなかに浮かんで来た。色々ないきさつがあり、疎遠になってしまった人。携帯電話にはその人の電話番号がそのまま残っていた。

 「まぁ相手のあることだし、縁があれば繋がるし、縁がなければそれまでの話。」僕は電話を掛けた。自分自身の中には未だに消化しきれないわだかまりが残ってはいたが、屋久島から長野県は遠い。この機会を逃すと、次にいつ会えるか分からない。その距離が、僕に電話を掛けさせた。

 その人とは、およそ三年半ぶり、短い時間の中での再会だった。近況を報告しあって、握手をして、ただそれだけで別れた。しかし、僕の心の奥の方に滓のように溜まっていたわだかまりが、すっとやさしく洗われ、流れて行った。

 田口ランディーさんの「ひかりのあめふるしま屋久島」にこんなくだりが出てくる。

「ねえ、英語でさ"水に流す"って、どう言うの?」
「うーんと、やっぱり"フォゲット"かな」
「そうかな。私は"水に流す"のと"忘れる"のとでは、ぜんぜん違うと思うけどなあ。水に流すっていうのは、忘れないけどとりあえずそのことはもういいよ、っていう、すごいあいまいな言葉だと思う。もう、そのことはどんどん流れていっちゃてるから、気にしてもしょうがない、って感じ」
「そうですね・・・・・・。確かに」
「川をみていると"水に流す"って言葉の意味が、すごく納得できる。忘れない、でも、流れていって、それはいつか大きな海にたどり着き、全体の中の一部となる。でも、忘れない」

 帰りの車の中で、僕はこのエッセイを思い出していた。「ああ、なるほど、そういうことか」と思った。またその一方で、やはり「水に流す」ためには、「忘れる」ということが必要なのだと思った。時間の経過とともに、わだかまりの細部を僕は忘れている。だからこそ、僕は電話を掛けることが出来たのだろう。

 屋久島へ移住する前に未完了にしてしまったこと。そのひとつに、やっと〇を打つことができた。そして、そこから学んだことは大きい。

 帰り道、自然と足が狐島へ向いた。かつてここへは毎日のように撮影に通った。今年もシベリアからたくさんのコハクチョウが渡って来ていた。

 人の気持ちは時間の経過とともにどんどん変化してゆく。またそうであるべきと思う。つまりそれが「成長」ということだから。しかしその一方で、こうした故郷の空の風景は、いつまでも変わらずそこに残り続けてほしいと思った。
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by se-ji0038 | 2008-12-09 13:06 | 日々