2009年 10月 28日 ( 1 )

島を出る

b0178335_5282298.jpg 港には、ピンクと白の二色で塗り分けられたツートンカラーのフェリー屋久島丸が既に入港していた。観光シーズンも盛りを過ぎた平日の昼間、この船に乗り込む人の姿は疎ら。その船に、荷物を満載した白い箱型の軽四輪と共に友人夫婦が乗り込んだ。愛犬クロスケを連れて。

 デッキに現れた彼ら二人は、見送りに集まった友人達に向けて観光テープを投げた。七色のテープは弧を描きながらコンクリートの岸壁の上に落下してゆき、それを各々が拾いあげる。強い風がテープを一本にまとめようと吹き付けて、それは今にも切れそうになるが、その両端をお互いがシッカリと持って最後の気持ちを繋げていた。

 出航時間が近づいていた。車両甲板への入り口は閉じられ、タラップも収納された。港湾職員によって艫綱が外され、それはウインチによって巻き取られてゆく。船が動いた。観光テープにテンションが掛かる。

 僕はテープの芯を指に掛けて手の内にあった残りのテープを送り出した。テープは勢い良く回りそれはどんどんどんどん送り出されてゆく。みんなが友人夫婦に向かって声を掛ける。「さようなら」「シッカリ!」「がんばって」「ありがとう」。友人夫婦は顔をくしゃくしゃにして泣いている。僕も自然と涙が零れた。

 とうとうテープは終点まで伸び切ってしまい、僕は船の動きに合わせて一緒に岸壁を歩き出した。みんなも歩いている。屋久島丸は船底から沢山の泡を吹き上げながら徐々に速度を増し、リバースしたままそこを離れてゆく。テープが切れた。そしてそれは風に吹かれ、船体沿って長く伸びてたなびいた。みんなが手を振る。彼らも一所懸命手を振る。あっという間にその表情は読み取れない距離になってしまった。

 船は港の中でスイッチバックして船首を出口に向けるとゆっくりと前進を始めた。上階のデッキで手を振る人影が見える。みんなもそれに向かって手を振る。いつまでもいつまでも。しかしやがて人影が確認できない距離になり、見送りに集まった人たちは徐々に引き上げ始めた。

 友人夫婦のことを心から気にかけ、最後まで世話を焼いていたK氏がただ一人、堤防の先へ出て見送りを続けていた。僕は堤防の手前でそのK氏を向こうに見ながら、屋久島から離れてゆく屋久島丸をいつまでも見送り続けた。爽やかに晴れ渡った秋晴れの下、船は海上を徐々に遠ざかてゆく。対向して入港してくるフェリー屋久島2と沖合いですれ違い更にその姿を小さくして行った。

 ほどなく、船は肉眼で確認できない距離まで離れてしまった。K氏はこちらに向き直るとゆっくりと歩いてきた。僕のところへたどり着くと、僕の顔を見てこう云った。「ほんとうに出て行ったねぇ」と。

 「出る」。島に住んで知ったのだが、島から離れてゆくことを「出る」と表現する。「島から出る」。この言葉はなんとも言えぬ寂寥感を伴って僕の胸に響く。「島を出る」。

 屋久島に暮らして二年半。僕はこの「島を出る」という言葉の持つ意味を、初めて実体験を持って味わった。それは島に暮らしたからこそ知る独特の体験なのだと感じた。 
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by se-ji0038 | 2009-10-28 23:27 | 日々