2009年 09月 27日 ( 1 )

考えさせられる意見

b0178335_1873916.jpg 写真展の会場で、ある人からこんな意見を貰いました。それは「淀川」を撮ったカットについてなのですが「この写真はおかしい」というのです。「淀川はこんなではない」と。

 その写真は淀川の流れを優雅に表現するために、ND8フィルターを使用して15秒の露出を掛け、川面の流れをまるで磨りガラスのようにして半透明に撮ったものなのですが、その人にとってそれはいつも見慣れた淀川の流れではなかったので「おかしい」という意見になったようなのです。

 川にせよ、滝にせよ水の流れを表現するために長秒露光を掛ける手法は写真表現としては一般的です。またその為にはカメラがぶれないように確りとした三脚が必要ですし、場合によっては今回のようにNDフィルターを使用するなどの手間が掛かります。そのようにして一手間掛けたカットを撮影したのですが、それは見る人によっては「おかしい」写真になってしまうのです。

 最近、あるblogで似たような記事を読みました。それは星空をやはり長秒露光して星の軌跡を線として描いた写真を子供たちに見せたところ「星空はこんなんじゃない」とバッサリ切り捨てられたという話です。場面は違いますが、本質的なところは一緒です。その記事では、そうした写真表現、難しい撮影に挑戦することを一概に悪いとは言わないが、その一方で見る人のことを置き去りにして、撮影の快感に酔っているのだとしたら、そこには問題があるのでは?とまとめてありました。

 最近、名取洋之助さんの「写真の読みかた (岩波新書 青版 505)」という本を読み始めました。これは1961年という半世紀近くも前に刊行された本なのですが、読み進む毎に目から鱗がポロポロと落ちてゆく内容です。僕が漠然と自分の中で思い描いていた「独りよがりに陥らないための写真表現とは何か?」という事が体系的にまとめられています。そうして、この本の中で名取さんは「写真を読む(見る)人」の立場から写真を撮るということを、何度となく書いています。

 写真展で貰った意見も含めて、何かがシンクロして僕のところにメッセージとして届いているような気がしています。こういうものをキチンと受け止められるか?その辺が、今後僕がキチンと成長してゆけるかどうか?の分かれ目なのだと思っています。
 
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by se-ji0038 | 2009-09-27 18:42 | 写真