2008年 11月 30日 ( 1 )

屋久島は月のうち...

b0178335_1311671.jpg 「屋久島は月のうち、35日は雨」昭和初期に活躍した作家、林芙美子の「浮雲」に出てくるあまりにも有名なフレーズ。これは、屋久島の多雨を象徴的に表した、作者による美しい詩的表現である。一方で、この言葉は力を持つあまり、そこに囚われを伴って伝わる。屋久島に住むようになる前、僕は文字通り屋久島というのは毎日雨が降っているものだと思っていた。しかし、実際に一年半ほどそこに暮らしてみて「一月の半分くらいが雨」というのが、これまでの僕の実感だった。そんなことを考えいる時、ネットの掲示板でこんな書き込みを目にした。

  「1ヶ月に35日雨が降る」とは林芙美子の言葉ですが、3×5=15で15日間、つまり1ヶ月の半分雨が降るという意味ですので「さんじゅうごにち」ではなく「さんごにち」と読むのが正解です。24時間のことを「四六時中」というのと同じ言葉の使いまわしです。

 というものだった。この説は僕の実感に合っている。僕は「なるほど」と納得して膝を打ったのだが、次の瞬間には「あれ?」と首を傾げた。本棚から浮雲の文庫本を取り出してページを繰ってみると、そこにはこう書かれていたのだ。

 「屋久島は月のうち、三十五日は雨」

 ここで僕の中にあり得ない突飛な発想が生まれた。林芙美子は実際に屋久島に滞在して「浮雲」を執筆している。屋久島の雨を体験している。実感としての雨量を半月位と感じ、「三五日(15日)」と書いたものを、本が版を重ねる過程でミスが生じ「三十五日」に書き換わってしまったのではないか?というものだった。

 しかし、この仮定はその前後の文章を改めて読み直すことで成立しないとの結論に達した。林芙美子は浮雲の中で、屋久島の多雨をいくつかの短い文章で表現しており、それらはすべて屋久島の雨がいかに凄く長く降り続くのか、ということを伝えるために言葉を選んでいると感じたからだ。

 しかし同時にこの箇所を、初版本でしっかり確認してみたいと思うようになった。そこで、「浮雲」の初版本を探してみた。すると、長野県の山ノ内町にある角間温泉に林芙美子文学館があり、そこに浮雲の初版本が所蔵されていることが分かった。僕は文学館に電話を掛け、事情を説明し、初版本で件の箇所を確認して貰えるように依頼した。

 対応してくださったのは文学館の黒鳥正人さん。突然の電話での依頼にも係わらず、快く対応してくださった。そして、やはりそこには「三十五日」と書かれている、と教えてくれた。僕はお礼を言って電話を切った。機会があればいつか自分の目で初版本を確認してみたいと思いながら。それは今年の10月半ばのことだった。

 11月に入り、思いがけず僕は実家のある長野県松本市に帰省することになった。屋久島から長野県は遠い。こんな機会は滅多にない。空き時間をみつけて、僕は山之内町の角間温泉へ向かった。林芙美子文学館は、終戦間際、林芙美子が夫の緑敏とともに疎開先として使っていた古い民家を整備した施設だった。そこで僕は電話で話をした黒鳥正人さんと再開し、浮雲の初版本を見せて貰った。そこにはやはりこう書かれていた。

 僕は黒鳥正人さんに本の写真を撮らせてほしいとお願いした。黒鳥さんは快くそれを許可してくれた。「屋久島」という繋がりだけで、引き寄せられるように山之内町まで来てしまったのだが、そこには良い人の出会いがあった。

 少し長くなってしまったので、そのあたりのことについては、また別の機会に書こうと思います。
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by se-ji0038 | 2008-11-30 13:10 | 日々