屋久島の住宅

b0178335_3222439.jpg 僕がいま屋久島で住んでいるのは、小瀬田といって空港がある方の地区だ。その西の外れの高台にある集合住宅の2階に夫婦で暮らしている。

 屋久島への移住を決意して住むための家を探し出したのだが、屋久島には貸家が殆ど無い。そして貸主と借主を繋ぐ不動産業者がここではほとんど機能していない。住宅の貸し借りは大家と店子の直契約があたりまえなので、自分で大家にたどり着かないと借りることができないのだ。それでいて屋久島に住みたいという人は後を絶たない。屋久島の賃貸住宅は完全な売り手市場といえるだろう。

 物件が少ないところへきてそういう事情なので、外部からイキナリ来て家を借りたいと思ってもまず物件がみつからない。どこそこに貸家があるという情報は、地域の人的ネットワークを通じて瞬く間に伝わり、あっという間に借主が決まってしまうからだ。そんなわけで僕も今住んでいる住宅を見つけるのに、本当に苦労した。だから今の場所に住めることが決まった時は、本当に嬉しかったのを覚えている(このいきさつについては、近い将来どこかでキチンとまとめて書くつもりです)。

 しかし、そこに3年半ほど暮らしたいま、真剣にあの場所を出て別の住宅を探そうと思っている。理由は幾つかあるが、一つは子供が生まれたことが大きい。現在の住宅は6所帯が入る集合住宅なのだが、子供というのは大きくなるにつれ自我を発揮してくるものだ。それは時に近所に配慮を必要とするような自我の現われとなることがある。折角の島暮らしなのに、これでは都会の生活と変わらない。いままで夫婦二人だったので問題なかったのだが、子供にはもっとノビノビ自我を発揮できる場場所を与えてあげたいと思ったのだ。

 また、いまいる場所は冬の北西風がまとものあたる場所でもある。僕が移住した時は5月だった。北側のキッチンの窓からは海が見える。そこに日が射すと、海面がコバルトブルーに輝く。自宅にいながらの絶景。こんな贅沢は無いと思ったが、これが12月になったら一変した。空と海は鉛色に染まり、北西風が容赦なく吹き付ける。海は白く泡立ち、キッチンではテーブルを挟んだ向かいの妻の声が聞き取れないほど風が唸る。建物の外に止めた車は潮だらけになり、洗っても洗ってもそれが追いつかないのだ。

 今回長野に帰省したタイミングで車を修理に出した。足回りに致命的な故障が見つかり、かなり高額な修理が必要となった。ある部品が錆びて折れてしまっていたらしい。そんなことも、あそこに住み続けることに限界を感じさせる原因になった。

 来春屋久島に戻ったら、住むところを新たに探そうと思っている。運よくそれが見つかるかどうか未知数だが、きっと3年半前のようなことにはならないだろうと思っている。
 
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by se-ji0038 | 2010-12-16 23:59 | 長野県の日々

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