故郷の空

b0178335_1371688.jpg 11月後半から実家のある長野県松本市に帰省していた。今回はもともとの予定になかった、いわば突発事態に対応するための帰省だったのだが、滞在中に新しい人との出会いがあったり、再会した友人との会話から刺激を受けることが沢山あり、とても有意義に過ごすことができた。また島に暮していると、外的刺激からどんどん置き去りにされてしまう危険を感じる。自分がその罠に陥りかけていたことを、島から出て確認したことも、大きな収穫だった。

 故郷を離れる前日、最後にバタバタと土産物を買ったり話足りない人に電話を掛けて会いに行った。夕方になり、時間が残り少なくなってきた時、ある人の顔が頭のなかに浮かんで来た。色々ないきさつがあり、疎遠になってしまった人。携帯電話にはその人の電話番号がそのまま残っていた。

 「まぁ相手のあることだし、縁があれば繋がるし、縁がなければそれまでの話。」僕は電話を掛けた。自分自身の中には未だに消化しきれないわだかまりが残ってはいたが、屋久島から長野県は遠い。この機会を逃すと、次にいつ会えるか分からない。その距離が、僕に電話を掛けさせた。

 その人とは、およそ三年半ぶり、短い時間の中での再会だった。近況を報告しあって、握手をして、ただそれだけで別れた。しかし、僕の心の奥の方に滓のように溜まっていたわだかまりが、すっとやさしく洗われ、流れて行った。

 田口ランディーさんの「ひかりのあめふるしま屋久島」にこんなくだりが出てくる。

「ねえ、英語でさ"水に流す"って、どう言うの?」
「うーんと、やっぱり"フォゲット"かな」
「そうかな。私は"水に流す"のと"忘れる"のとでは、ぜんぜん違うと思うけどなあ。水に流すっていうのは、忘れないけどとりあえずそのことはもういいよ、っていう、すごいあいまいな言葉だと思う。もう、そのことはどんどん流れていっちゃてるから、気にしてもしょうがない、って感じ」
「そうですね・・・・・・。確かに」
「川をみていると"水に流す"って言葉の意味が、すごく納得できる。忘れない、でも、流れていって、それはいつか大きな海にたどり着き、全体の中の一部となる。でも、忘れない」

 帰りの車の中で、僕はこのエッセイを思い出していた。「ああ、なるほど、そういうことか」と思った。またその一方で、やはり「水に流す」ためには、「忘れる」ということが必要なのだと思った。時間の経過とともに、わだかまりの細部を僕は忘れている。だからこそ、僕は電話を掛けることが出来たのだろう。

 屋久島へ移住する前に未完了にしてしまったこと。そのひとつに、やっと〇を打つことができた。そして、そこから学んだことは大きい。

 帰り道、自然と足が狐島へ向いた。かつてここへは毎日のように撮影に通った。今年もシベリアからたくさんのコハクチョウが渡って来ていた。

 人の気持ちは時間の経過とともにどんどん変化してゆく。またそうであるべきと思う。つまりそれが「成長」ということだから。しかしその一方で、こうした故郷の空の風景は、いつまでも変わらずそこに残り続けてほしいと思った。
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by se-ji0038 | 2008-12-09 13:06 | 日々

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